スポーツの名門、私立聖メルカトル学園。野球においてもその例に漏れず、このあいだの甲子園で春夏連覇を成し遂げた全国屈指の名門野球部を擁する。部員は総勢171人、そのうち18人が1軍登録、150人が2軍、残りが3軍だ。厳しい階球制度の下、1軍はVIP待遇、2軍はその予備軍として日々、最新鋭の設備で球界のスターを目指していた。爽やかな高校球児たちの汗と涙の青春、その陰で時代を無視した鉄拳練習がヒエラルキーの最底辺に位置する3軍で繰り広げられていた。 「お前ら全員前に並べ。尻を出せ。ケツだよ、ケツの穴。ケツバットじゃい。イヒヒヒヒヒヒ」 毒山コーチの下劣な言葉に、俺たち第3野球部全員の気持ちは固まった。「カッパ、イケルか?」「おうよ、サングラ」「待ってくれよ、俺も行くよ。」こうして俺達落ちこぼれ3人の大脱走がはじまった。 2. われら第3野球部のグラウンドは、廃校舎横の屑鉄置き場にあった。ここから屑鉄の山を越え、遙か向こうの地上へ出るには、幾多の関所を通らねばならない。毒山コーチの話では、この閉鎖されたグラウンドから逃げおおせた者は二十年前にたった一人だけだという。そいつがどうやって成功したかは、今となっては知る由もない。 「脱出経路の確認をしよう。俺とカッパが昨日徹夜で考えたんだ。なぁカッパよ。」 「おう。おいハム、お前も俺たちと一緒に来るなら何とかついてこいよ。足手まといになるようだったら置いていくからな」 「分かってるって。俺だって第3野球部の一員、馬鹿にすんなっての」 彼らは、つかの間の休息場であるロッカールームで、計画の最終確認をすることにした。 「じゃあ、サングラから脱出の手順を説明してくれよ。」 「オッケイ。まずバックネットの破れ目からグラウンドを脱出し、300m先の廃校舎へ向かう。この時全速力でダッシュしないと番犬のリキ・ベン・ロッキーに食い殺されるから、くれぐれも気をつけろよ。そして廃校舎の玄関口から、扉を壊して中に入り二階へ出る。廃校舎には毒山コーチによる毒針、毒霧、毒虫、ドクダミなどの罠が仕掛けられているから、くれぐれも気をつけろよ。それで今度は二階の理科室から一本杉に向かってロープを投げつけ、内堀を越すルートを確保する。この時、一本杉から大量のスギ花粉が放出されるから、花粉症のヤツはくれぐれも気をつけろよ。そしてロープをつたって内堀を越え、土手に着いたらしばし休憩だ。間違って内堀に落ちたら、ピラルクの大群に体中を吸われるからくれぐれも気をつけろよ。」 3. そして、脱出の日は訪れた。サングラ、カッパ、ハムの3人は計画の夜から一週間、毒山コーチのしばきに、無言で耐え抜いた。それもこれも計画を成功させるためであった。 「よし、今日の練習もこれで最後にする。お前ら全員前に並べ。尻を出せ。ケツだよ、ケツ。恒例のケツバットじゃい。ウヒヒヒヒヒヒ」 ビシッ! 「うっ。」 バシッッ! 「ギャァス。」 グワシッ! 「アウチ。」 「イヒヒヒヒヒヒ。たまらんのぅ。そいじゃま、本日の練習はこれまで。糞して寝ろぃ。ギヒヒヒヒヒヒ」そして毒山は去っていった。 午前2時、計画決行の刻、雨が降り始めた。 「じゃあ、先に廃校舎の喫煙所で待ってるぜ。ぬかるなよ。」 まず、カッパが飛び出した。5分、10分、番犬どもは吠えない、サイレンの音も聞こえない。 「次はどっちがいく?」 「お、お、俺は最後でいいよ。サングラ、先行ってくれよ。」 「分かった。ハム、向こうできっと待っているからな。気をつけてな。」 サングラもバックネットに向かって駈けだしていった。激しい雨で屑鉄の山が今にも、崩れてきそうだ。スパイクも滑って、何度も足を踏み外しそうになる。わずか数十m先のバックネットが数キロ先のように遠く感じた。サングラはスパイクを脱ぎ捨て突っ走った。金網の裂け目をくぐり抜ける。番犬どもはいない。雨のおかげで小屋に閉じこもっているのだろう。廃校舎の扉はカッパが壊していたため、楽に入れた。廊下の一番手前にある喫煙所の扉を何とか開け、中に入っていった。 「カッパ、無事か。」 「来たな、サングラ。以外と楽勝だったぜ。」 サングラとカッパは、再会のうれしさにぐっと互いの肩を寄せあった。その時、屑鉄グランドの方からけたたましい犬の鳴き声が響いた。 「もしや、ハムの野郎が、、。」 4. 「いてー、いてーよ。サングラ、カッパ、ごめんよ、俺、しくじっちまったよ。ゆるしてくれよ、、、、。」 ハムこと、別所哲也は薄れゆく意識の中でいつしか少年時代を回想していた。 〜回想シーン〜 「こら哲也、やめなさい。お腹壊すわよ。」 「おい、母さん、まあええやないか。子供は元気が一番や。おい、哲也好きなだけ食っていいぞ。」 「うん。パパだーいすき。」 ムシャムシャムシャ。 「あなたったら、あんまり哲也を甘やかさないでちょうだいよ。この子ったらまた、こんなに拾い食いしちゃって。」 「だって、ママ。こんなにおいしそうな物がいっぱい道端に落ちてるんだもん。もったいないや。」 ムシャムシャムシャ 「バカ。哲也それは豚のエサよ。きっとこの辺りの農家の方のトラクターから転がり落ちたのよ。不味いからやめなさい」 「うそだい。ママ、こんなにおいしいのに。ママにも拾ってあげようか?」 「はははは、哲也。お前は将来きっと立派な力士もしくは残飯処理士になれるぞ。」 「まあ、あなたったらほんとに親バカなんだから、、、。」 〜回想シーン終わり〜 そう、ハムの太った体では、ネットの裂け目を通り抜けることが出来ず金網に引っ掛かり、どうにもこうにも動けなくなってしまっていたのである。そして、今まさにその脂ののった体に、血に飢えた番犬ども(チャッピー、リンリン、コロの三匹)が喰らいつこうとしているのである。 5. 3匹の番犬に尻を噛みつかれ、よだれにまみれながらも、ハムは必死で大声を上げるのをこらえていた。 「俺が足手まといにならなければ、あいつらは逃げられる、、、。さあ、犬ども食いたければ食え。俺の肉はうまいぞ。この太った体とハムの人の称号は、決して伊達じゃないんだ。だがな、食い終わるまで決して吠えるなよ。いや、吠え面かくなよ!」 その頃、サングラとカッパは廃校舎の時計台をよじ登ろうとしていた。 「高いところからだったら、サングラの千里眼をもってすれば、ひょっとしたらハムの様子が見えるかもしれない。」 カッパは鋭い洞察力で考えた。2人は必死で壁のツタをロープ代わりに壁を登っていった。毒山の仕掛けた毒のツタかもしれないが、いまはそれどころではなかった。二人が時計塔を何とか登り切った時、東の空は薄明るくなり始めていた。サングラは勢い余って大声でハムの名を叫ぼうとしたが、カッパの手によってすぐに口を押さえられた。 「若いの、まぁそう、あせんなさんな。まだやられたと決まったわけではないじゃろうて。」カッパの口調が変わった。若年寄モードに入っている。 サングラは気を取り直し、深呼吸を一つつくと、サングラスに手をかけた。彼は、その視力が27・5�个發△襪燭疉畸覆寮験茲任蓮▲汽鵐哀薀垢砲茲蟷詢呂鯆汗阿靴討い襪里任△襦� 6. 「ギゴゲゴッゴォーー」 沈黙を破ったのは地獄の番犬ケルベロスではなく、無情にも1羽の鶏だった。しかしそいつはただの鶏ではなかった。毒島コーチの親戚である科学者トゥモロー梅谷博士の開発したCCDカメラ仕掛けの監視ロボットだったのだ。次の瞬間、グランド中にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。続いて、装甲車2台と戦車3台が屑鉄の海を踏み潰して到着した。車の中からは2軍を引き連れた毒島コーチが現れ、衣服を食いちぎられ番犬たちのよだれまみれになったハムの前に、全員を整列させた。 「ウヒヒヒヒヒ、ついにやってくれましたな。脱走ですか、、、。こりゃケツバットどころの騒ぎじゃありませんぞ。イヒヒヒヒヒヒ。よっしゃ、皆のもの、運び出せ」 「チィッス!」 その一部始終をサングラは、時計塔の上から全て見ていた。 「カッパ、偉いことになった。ハムの野郎が、毒島武に捕まった、、。このままでは、命が危ない。」 「それどころか、次は俺たちの番だ。」 二人は、恐怖に背筋が凍りついた。何とかしてハムを助けよう、などという甘い気持ちは全くおこらないほどに、。 ハムを乗せた装甲車及び戦車は、今、校内に流れる3大河川のひとつ「ホープ川」の河川敷を猛スピードで突っ走っていた。河口にある聖メルカトル高校野球部1軍の練習状へ向かっているのだ。河川敷の河原にはタンポポが顔を揃え、春の訪れを告げていた。そんな陽気の中、ハムがこれから向かうメルカトルスタジアムは甲子園を目指す高校球児のあこがれの場所ではなく、間違いなく野球地獄なのである。 ところで、ホープ川の畔には、1軍御用達の英国風パブ『ホープアンドアンカー』があった。この店のマスターであり経営者であるデブ・ロビンソン氏には、2つの悩みがあった。一つは、親友であり、かつては同じ女を取り合ったほどの仲であるジェイク木下との些細な事がきっかけに起こった喧嘩であり、もう一つは店の常連客である野球部1軍問題児、マグマ、虎刈り、薄目の3人であった。 「マグマ、虎刈り、薄目の旦那、そろそろ店のつけも溜まってきてるんで、支払いお願いしやすよ。月末で苦しいんすよ。」 ロビンソンは意を決して切り出した。 「君たちはこないだの練習試合で相当な額のギャラをもらったっていう噂だしさ。そろそろ本当に払ってくださいよ。俺、今度、この店にライブステージを組もうと思ってて、その資金で首が回らねえんすよ。共同経営のジェイクのヤツもパチンコで首がまわらねっていうしさ。」 7. 「おっし、打ち方はじめぃ!」 毒島武コーチの号令とともに金属バットの快音が響きわたった。カキンカキンカキンカキンカキン、カキンカキンカキンカキンカキン、あそれ、カキンカキンカキンカキンカキン、カキンカキンカキンカキンカキン!精鋭である一軍達の打球は次々に柵越えしていく。その白球の先には、バックスクリーンの最上段で十字架にくくりつけられ、突風に吹かれる“ハム”こと別所哲也の姿があった。風になびいたハムのふんどしが、本日の風向きは南南西風力4だと示している。 「ブル、ブル、ブル、、、。あいつらは逃げる、必ず逃げきってくれる、、、。ハ・ハゥ!ウ・ウギャーッッッ!!」 そのころ英国風パブ『ホープアンドアンカー』では、ロビンソンと3人のゴロツキとの口論が続いていた。 「マスターよぉ、お前さん、ちょっと自分の立場ってモンが分かってないようだな。俺の一声でこの店に来る野球部員達をゼロにすることなんて容易なんだぜ。」 「う、それを言われると、、。」 「へへへ。マグマさんに睨まれて路頭に迷ったここらの店を忘れたの?」 「で、でもそれじゃぁ。俺の夢、ハウスバンドは。パブ・ロックはどうなっちまうんだぃ、、、。」 「なんじゃそりゃぁ。糞喰らえだ。お前等は俺たち野球部1軍のためのおもてなしに徹していりゃいいんだよ。それとも、喜び組でも何でも用意するってんなら金は払うけどな」「ウヒャヒャヒャヒャ」 「そ、そんなぁ」 「うるせぇそれが出来なきゃ金は払わん。じゃあ、一汗かいてくるとするかな。行くぞ、てめーら。」 マグマ、虎刈り、薄目の3人は颯爽と肩で風を切ってパブを後にした。 「ちくしょう、ちくしょう、おれは夢をあきらめないぞ。絶対ステージを組んでやるんだ。喜び組だと?馬鹿にすんなってんだぃ」 ロビンソン氏は込みあげるいらだちと悔しさを抑えきれなかった。 「ちょっと待って。その話もう少し詳しく聞かせてくれない?」 そう声をかけたのは、謎の女性だった。 8. 「3年よろこB組!」 「キムニチ先生!」 その日、メルカトル学園男子部3年B組(スポーツ選抜クラス)では、保健体育の授業がしめやかに行われていました。 「えー、本日は諸君等に子供の生まれ方について特別に指導する。いいね。」 「イエッッサー!」 「では、本日は特別に実験用のモルモットではなく、生身の人間を使用して、より分かりやすく説明する。では、黒板を注目!」 先生はそうおっしゃっると、黒板の横のボタンを押されました。ピコピコピコガシャガシャポッポッポッ。黒板が一回転すると、そこには一人の男子生徒がパンツ一丁で貼りつけられていました。その人物は、この間の学校朝礼で裏切り者の烙印を押され、校庭奥のバックスクリーンにはりつけの刑にされた別所哲也さん、その人でした。 「では実験、いや授業を始める。イイネ。」 そう言って、キムニチ先生は、別所さんのパンツに手をかけられました。その時です。 「先生、やめてあげて。彼だって立派な高校生よ。バイトもしたいし恋もしたい、自由という名の片道切符が欲しいのよ」 そう言ったのは紛れもない女の子の声でした。 「お、お前、女だったのか!」 「今まで声を出さないようにして必死で隠してきたけど、もう我慢できない。サラシを巻いて隠してきたけど、私だってもう十七才。日に日に膨らむ乙女心に嘘はつけない。」 「何だと、き、君、この僕に逆らうというのか。」 「もう我慢出来ない。私、別所さんと一緒に逃げるのよ。フンガッ!」 閃光一閃。一瞬、少女のサラシが宙を舞ったかと思うとキムニチ先生の総天然パンチが真っ二つに割れ、同時に黒板に貼りつけられた別所さんの猿ぐつわ・荒縄もはずれました。こうして2人の禁断の恋が走り出したのです。 9. 9回裏二死満塁、サングラこと朝倉太陽は、甲子園球場の十字架(ピッチャーマウンド)に立ちつくし最後のボールを握りしめていた。思い出すのは、これまで一緒に戦ってきた友の事。思えばここまで険しい道程だった。ノックなんてもううんざりだ、フライなんて捕ってやるものか、何度そう思ったことか。時には憎みもしたし、涙も流した、ファイトも尽きた。それなのに、それなのに、俺たち、やっぱり野球が好きだったんだ。そしてそれを共に目指す友達がいた。蔭で支えてくる美人マネージャーもいた。背中の広い、父親のような監督もいた。 表島ヒロシ監督の別れ際の言葉が、いつまでもサン倉の胸から離れなかった。 「サングラ、ハム、カッパ、マグマ、虎刈り、薄目、サラシ、えびす顔、もどき、そして肉汁。お前等は、紛れもない真の友情でつながったマブダチ野球軍だ。おまえたちのすごしてきたこの1年間は、きっとおまえたちの血となり肉となって、今後の人生設計に光を与えてくれるだろう。。お前等の友情が本気を出せば、プロ野球選手、いやJリーガーや総理大臣にだってなれるんだ。」 ピッチャー振りかぶる。 「気分は、さながら、石器時代!行くぜ魔球キングギドラー!」 白球がサングラの右手を離れた。 <完> ※−−−注−−− この作品は2003年週刊少年キャンプに連載されたものに一部手を加えたものです。 |