「天才料理人 ピノシタ君!」作/BIGキノコ島

『俺の名はピノシタひさし!胃拡張小学校4年さつまいも組の黒板消し係さ!太平洋の孤島で生まれた野生仕込みのこの俺が、生まれついての2枚舌で真の料理道を追求するぜ!ヨロシクのヨ!」

NEW! 第6話
「ニューヨーク・シャッフル」〜秋の味覚ぶどうの王様だコロン編その2〜

さすがに幻の巨峰を狙う他の強者達は、情報収集も怠ってはいなかった。よく見ると全参加者ともパートナーを引き連れている。ヤツラのパートナーはどれも社交界をにぎわすような華やかな女性ばかりだった。タイトスカートの女、網タイツにピンヒールの女、チャイナドレスに身を包んだ女シティハンター。エスニック風味の美女が俺の方をチラリと窺うと、隣の男にこそこそと耳打ちした。たったひとりでパートナーもいない俺の心に空っ風が吹いてきた。
<つづく>

第5話
「秋の味覚ぶどうの王様だコロン」の巻
「えんやーこらや。葡萄酒ぅ、葡萄酒ぅ、葡萄酒いらんかえー。」
葡萄酒売りの陽気な声がやまびことなって山中に響き渡る。
俺ことピノシタは、今回、山梨県にやってきております。ここでは秋の味覚葡萄の葡萄狩りが今まさに執り行わようとしております。
 「本日は、アンダルメシアンぶどう園プレゼンツ“サバイバル葡萄狩り‘04”にご参加戴きまして誠にありがとうございます。まず参加選手の皆さんには2人一組で、タッグを組んで戴きます。勝ち残った2組だけが、決勝トーナメントに進めます。」主催者の中年女社長が大きな声でそう伝えた。
 俺は戸惑った。おそらく厳しい戦いになるだろうと覚悟は出来ていたつもりだった。このアンダルメシアンぶどう園にしか生成していないといわれるマボロシの巨峰を口にできるのは、並大抵の事ではないのだ。しかしよりによって、タッグマッチ形式とは、、、。こんな時に限って俺の血を分けた肉親であり、俺の左脳であり、かつて一人の女を巡って争った恋敵でもある、弟の徳尚はもういない。先週末、ほろ苦い想い出と決別するため一人バリ島へと飛んだのだ。<つづく>

過去の分

第1話
「麻酔代わりのチーズフォンデューの巻」
その日、鰹節県山芋市のある定食屋には長蛇の列が出来ていた。
開店セール。チーズフォンデゥー食べ放題\980。
その列の中ほどにピノシタは居た。
開店30分前の朝11時に並んでから、かれこれ2時間半が経過するが、未だ店内の様子は見えない位置だ。
それにしても、なんという繁盛ぶり。
しかも、並んでいるのは珍しい物好きのミーハー客とはちょっと雰囲気が異なる目の血走ったグルメ野郎達ばかり。それだけ、この店の味が本物だという証拠だろう。
味少年としての食べっぷりを見せつけてやる。
ピノシタの胸が高鳴った。
それからまた1時間が経過した。
さっきの位置から十人分程前に進んだものの、いまだ店内は見えない。
が、匂いは感じられる位置まで来た。
ピノシタは、持ち前のワイルドな嗅覚でこれから味わうだろうその味を想像した。
キュルルルル。おなかと背中がひっつく音がした。
そしてただ目を閉じ列が進むのを待った。

〜只今の時刻4時。
ピノシタはまだ店内に入れずにいた。
さっきからの香ばしい匂いと期待による幻覚で、ピノシタ脳のアドレナリン分泌率はもう限界に達している。
ドラゴンボールZの再放送がある5時までには家に帰りたい。
ピノシタも一介の小学4年生、それを見逃せば明日の学校の話題についていけない。
それだけはなんとしても避けねばならぬ。
そのとき、ピノシタの前の一団が5人、突然行列から外れた。我慢の限界が彼らの方が先に訪れたのだ。続いて、列がグッと前に進んでいった。
店内までは、のれん1枚を隔てて、目と鼻の先だ。
ボールはまだ生きてるぜ。ヨロシクのヨ!
ピノシタの目に輝きが戻った。
「続いて1名様お入り下さい。」
ピノシタはついに店内へと招き込まれた。
そして、ついに。ついにお目当てのチーズフォンデゥがピノシタの目の前に出された。
震える手でスプーンを掴み、チーズに手をかけ口へと運んだ。
熱い。
尋常じゃなく熱い。
しかし、この熱さの下に何かが有るはずだ。
その何かを掴み取るまでは絶対にあきらめる訳にはいかない。
たとえこの舌が張り裂けようとも。
野生の味小僧の名にかけて!
熱さをこらえてチーズの海をかき分けた。
その時です。
な、何だ、この食感は!
そこには、紛れもない肉の味が広がっていた。
この世に生まれ落ちて10年、ピノシタ列島に初めて走る激震。
ま、まさか。
そう、そのまさかだ。
ま、ま、まつざか、松阪牛。
松阪牛がチーズの中に埋まっていたのだ。


第2話
『プリンの国の巻<前編>』
うだるような八月の午後。
ピノシタは再び、行列の中ほどに身を置いて居た。
彼の今回の獲物は純喫茶ヌーブラの十二周年特別企画「超特大プリン、15分で全部食べきったら無料!」
並んでいる客は、一目見てすぐ分かるような甘い物好きの集まりである。 見渡す限りのデブ・デブ・デブ。
MEAT、MEAT、MEAT。
こんな奴らにかかればプリンもダムドもひとたまりもない。ピノシタの耳に彼らの会話が聞こえてくる。
「こないだ食べたカフェ・マッチョのロングストレート・パフェは最高だったね。」
「いやぁ、俺が昨日食ったキッチンK.O.B.HEY!のストロベリーフリーダムこそ、最強のデザートさ」
「そんなことあらへんわ。ほんまもんのパフェの王様は、あたしが先週食うたビストロ・フミヤのディスイズソングフォーUSAやて。」
ピノシタは、口を挟みたい気持ちをグッと押し殺して聞き入っていた。
カフェ・マッチョのロングストレート・パフェは確かに美味い。
まっすぐに伸びた超ロングバナナの中のありったけのチョコレイトが。
今にもはじけそうなガラスのエモーションが。
ずっと一緒にいたい。
子供心にもそう思ったんだっけ。
そしてK.O.B.HEY!のストロベリーフリーダム。
その名の通り自由の味。
ストロベリーの殻を破って口の中に突き刺さる純白のホワイトクリームは、あの日の俺の心を鷲づかんだっけ。
その後、数日は眠れぬ夜を過ごしたものさ。
自由といえば、ディスイズソングフォーUSAも負けてはいない。
けして気取らない甘酸っぱさの中に、気ままなラズベリードリームが溢れ出し、絶妙のハーモニーをかもしだす。
たった一度の青春の味。
俺たちの夢。
しかし、俺の気持ちはたった一つ。
だれが何と言おうが、これだけは揺るぎない。
『わがままパパのテンパリしゅーくりぃむ』。
これっきゃないネ。
全国有名百貨店、コンビニ、キヨスク等でお買い求めになれます。ヨロシクのヨ!


第3話
『プリンの国の巻<後編>』
そうこうしてる間に1時間が経過し、ついにご対面の時がやって来た。
「お待たせいたしました。“シェフの気まぐれプリン”でございます。」 うん、シンプルで粋なネーミング。
さぁて、食うぞとピノシタは意気込みを新たにした。
で、でかい。
尋常じゃなくでかい。
スイカップ!?
予想を遙かに上回る超特大プリンを目の前にピノシタは愕然とした。その上の生クリームも何か生々しくて嫌だ。ご丁寧にチョコで〜NU−BRA“12”Anniversary 〜と書いてある。
「こ、これを今から食せというのか、、、。」
プリンの外壁からかぶりつき、山を崩さぬよう食べ進める。ピノシタ特有のグルメな食べ方だ。クリームをペロリと一口で舐めきる。カラメルをぐいっと一気にすする。ピノシタと気まぐれプリンの壮絶な戦いが繰り広げられた。
十分が経過した。

「もう、これ以上は食えない。」
気の遠くなったピノシタはゴールポストに寄りかかった。そのとき、ピノシタの育ての親であり、料理の師でもあるロベルト大田原の言葉が浮かんできた。
「そこにプリンがあると思うからいけないのだ。それはプリンであってプリンにあらず。」
はっ。ピノシタは気が付いた。
プリンの味に飽きたのならば、今度はプリンをハンバーグだと思えばいい、それにも飽きたらば次は、すき焼き、次はカレーライス、刺身、スパゲッティだ。
食うぜ食おうぜ食いたいぜ、心の底から食いたいぜ。
そう思うと自然と鼻歌も湧いて出た。
プリップリン♪プリグルト♪プリンとヨーグルトでプリグルト♪
ピノシタの中で消えかけていた“食欲”という名のロウソクの炎が赤々と燃えはじめた。
食える、食えるよ。ロベルトォ!
「プリンは友達、怖くなんかないのさ。」


「ありがとうございました。」
夢は儚く散った。巨大プリンを攻略するにはすこし時間がかかりすぎた。甘かった、、。そう、ほんとに甘かったんだ。出るのは甘い香りのゲップばかり。
プリンの代金3900円を払い終え、店を出たピノシタ。敗北感に打ちのめされたピノシタ。家路をたどる足取りは重い。
店の裏手には、一面に転がるブリキバケツの山。
アルバイトの皿洗い君が一生懸命、バケツに付着したプリンを洗い落としている。


第四話
「流れるプールで麺そーれ☆」
 まだまだ残暑の8月の終わり、暑さにだけは、からっきしの俺は市民プールに来ています。そうです。今日はここ、馬鈴薯県里芋市の市民プールにて、流しそうめん大会があると聞いたのだ。それに俺って泳ぎも得意なんだぜ。
さて俺は早速、受付のおばちゃんに入場料を払い更衣室に駆け込んだ。コインロッカーに一〇〇円を投入して、一気に着替える。海パンはもちろん家から履いてきてるぜ!
 ザッバーン、バッシャーン、ビッビューン、ズッシーン俺はうれしくて何度も飛び込んじゃったぜ。お気に召すままサマーシティ、やっぱり俺って夏大好きッ子。空には入道雲がもくもく。あの雲はかき氷、あの雲は焼きトウモロコシ、あの雲は冷や奴、あの雲は枝豆、あの雲はハマチの刺身、あの雲は生ビール。かぁーーったまんねぇ!ビーチパラソルの下で一杯グイッとやりてぇ。
 揺れる気持ちをグッと抑えて、俺は流しそうめんを待ちつつ8月のプールをひたすらに流れる。流れ流れて俺。流されて俺。そんなとき監視員のお兄さんお姉さんが一斉に笛を吹いた。いよいよ流しそうめんが流し込まれる!
 水の流れが激しさを増した。パノラマビジョンには、ウォータースライダーの頂上に立った際どい水着のお姉さん達が映し出された。Tスクエアのあの曲が流れ出すとともにお姉さん達は一斉に素麺を流し入れた。激流をものすごいスピードで回転しつつ素麺達が押し寄せる。人々は皆必死になって箸ですくった。大人子供老人入り交じっての素麺争奪戦。片手にめんつゆ、片手に割り箸をもった水着の人間達が、我こそはと次々と押しよせる素麺の激流に立ち向かっていった。しかし、敵も去る麺。そう簡単にはつかませてもらえない。箸を折る者、めんつゆをこぼす者、麺が首に巻き付いて呼吸困難に陥る者、ビキニの紐がほどける者など、脱落者が続出した。かく言う俺も鼻から入った素麺を取り出すのに精一杯で、今だ一口も味わえていなかったんだ。こうなったら奥の手を使うしかない。
「行くぞ、のりひさ!」
「OK!兄ちゃん。」
「合体。グランドクロス!!」
ピノシタ兄弟の結束はついに合体グランドクロスを生み出した。弟ののりひさが下部、ひさしが上部を担当。のりひさのバタ足で加速し、ひさしが箸で一気にすくい上げた。「いけるぞ。」「やったぜ兄ちゃん、、ゴボゴボゴボ。」 ピロリロリーン!
そして俺たちはついに素麺を手中に入れたんだ。麺をつゆにたっぷりつけ、一気に口の中に放り込む。
緊張の一瞬。
その時です。
な、何だ、この食感は!
この世に生まれ落ちて10年、ピノシタ共和国に初めて響き渡る革命のプレリュード。
こ、これは。
イカソーメン!!
そんなこんなで俺たちは素麺とカルキとでベトベタになった体をシャワーで洗い流し、はじめのロッカ−ルームに戻ってきた。
「ねぇお兄ちゃん、見てコレ」
「あ、100円戻ってきてる!これ、100円戻ってくるタイプのコインロッカーじゃん。」
なんだか得した気分だぜ。


※−−−注−−−
この作品は2003年週刊少年キャンプに連載されたものに一部手を加えたものです。